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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)167号 判決 1965年2月27日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三〇年八月一日付三〇保第一四四二号をもつて控訴人に対してなした保険医の指定を取消す旨の処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述は、控訴代理人において別紙準備書面一、二回のとおり補正陳述した外、原判決事実摘示と同一であるから、それをここに引用する。

証拠関係(省略)

理由

当裁判所は、控訴人の本件訴はその利益がなく却下すべきものと判定し、その理由は次の点を付加する外原判決理由と同一であるから、それをここに引用する(ただし原判決書一二枚目裏六行目の「利益が」から九行目までを「利益がない。」に改める)。

(一)  控訴人が昭和二一年三月三〇日以来耳鼻咽喉科の開業医として医療に従事し、昭和二三年八月一日被控訴人より昭和三二年法律第四二号による改正前の健康保険法による保険医の指定を受けていたが、被控訴人より昭和三〇年八月一日附で控訴人が保険医としての責務を怠り、診療及び診療報酬請求に当つてその本分に違反した行為があるとの理由で保険医の指定を取消す処分をしたことは当事者間に争がない。

(二)  控訴人が当審において主張する訴の利益の事由もその理由のないことは原判決説示からして明らかであるとともに、もともと本件のように処分の効果がなくなつた場合にその処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するとするためには、その後においてもなお処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有すること、すなわち処分の違法であることを確定し、それを遡及的に取り消すという取消判決の効力によつて回復しうる権利、利益の残存することを要するものであるところ、控訴人主張の事由がそれに該当するとは到底解されない。

よつて、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することにし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

準備書面(第一回)

一、訴の利益の存在について

この点については、控訴人(原告)において原判決摘示事実第二請求の原因「三」に述べているが、更に左の通り補充する。

(一) 旧法と新法との関係

旧法(新法に改正前の健康保険法及び船員保険法を指す)と新法(昭和三二年法律第四二号による改正後の健康保険法及び昭和三二年法律第四四号による改正後の船員保険法を指す)との関係、就中、その相違の点については、これを旧法第四三条の三乃至同条の六と、新法第四三条の三乃至同条の六とを比較して篤と考究すれば単なる字句の改廃ではなく、保険医制度の根本的な改正であつて、保険医制度が根幹から改正されたのであることは極めて明瞭である。換言すれば、保険医に関する骨格が変つたのである。それは何かと言えば、旧法では単に「保険医」と規定してあるだけであるから、保険医と言えば単なる医師個々人であつて、その医師が病院に勤務し、又は診療所を経営していても、その病院や診療所は健康保険には全く関係がないことになつていたのである。

ところが新法では健康保険の診療担当者としては「都道府県知事の指定を受けた病院又は診療所」即ち保険医療機関(新法第四三条の三第一項)となつたのである。つまり医師個々人としての登録は、これとは全く別に取扱われることになつたのである(新法第四三条の五第一項)。

従つて旧法の規定による保険医は新法によつては保険医ではないということになつているのである、そこで本来から言えば、新法が施行された際に旧法で保険医となつている国内の総ての医師は、新法の施行に際し、改めて新法によつて申請を為し、これに対し、知事は新規に登録すべきであつたのであるがしかし、それでは余りに面倒であり、又時間的にも間に合わないので、経過規定として附則第八条を規定して、昭和三二年五月一日に現に旧法第四三条の三第一項で既に保険医としての指定を受けている者は、改めて新法第四三条の五第一項の規定による申請をして知事の登録を受けなくとも、そのまゝ新法第四三条の五第一項による登録を受けたものとみなすと言うのであつてこうした身分に関する法令の変更に際しては、いつも規定される定例の経過規定を附している。

(二) 控訴人の身分関係について

それで、昭和三二年五月一日以前即ち、昭和三〇年八月一日既に被控訴人よりの保険医の指定取消しの行政処分に因り保険医たる身分を失つた控訴人は、その理由の如何に拘らず、この経過規定があるからといつて、その以前の保険医たる身分を取得又は回復することは絶体にあり得ないのである。蓋し、控訴人は昭和三〇年八月一日被控訴人から保険医の取消処分を受けたのであるから、昭和三二年五月一日には最早保険医ではないから、この経過規定たる新法附則第八条があつても、新法第四三条の五第一項に所謂登録を受けたものとみなされるものではないからである。

尤も、昭和三〇年八月一日の取消処分が不当であるとして本訴を提起し該訴訟は現に継続進行中であつて、取消処分は未確定のようになつているが、元来、行政処分は不服の訴訟が提起されても、裁判によりその処分が取消されるまでは、処分としての効力が発生しているから、控訴人は新法の附則においても無資格者として取扱われているのである。

之に反し、裁判によつて、控訴人に対する保険医取消処分が取消されるという勝訴の判決を得れば、控訴人は当然、取消された昭和三〇年八月一日以前の瑕疵なき保険医の身分を取得し、その間保険医たるの資格は些少だも中断することなく継続したものとなるので、新法附則第八条の規定によつて新法における保険医の登録を受けたものとみなされ、更に新法第四三条の三第一項の規定よる保険医療機関の指定も亦受けたものとみなされるのであるから、この点において訴の利益は十分に認めらるべきものである。

もし夫れ、控訴人が昭和三二年八月一日同日附福医第二七二九号をもつて保険医の登録を受け居ることは、新法附則第八条第四項による登録であつて、同法第一項のそれとは全く別異の性格をもつものであるから、之あるが為めに前説示の理路に何等の消長を来すものでないことは勿論、控訴人の権利回復を阻害するものではない、それで控訴人の主張が容れらるれば当然新法附則第八条第一項及び第五項の適用を受けるから所謂みなし登録みなし指定により完全に保険医となり且つ保険医療機関を持つこととなり一般保険医と同率の資格を具有し得るのであるから、敢て同法第四項による窮屈なる措置を構ずる必要もなく且つ保険医療機関の指定を拒否(甲第三七号証の二)せられるが如きこともないのである、それで控訴人にして瑕疵なき本来の権利を回復することによつて、現在なされてある登録(昭和三二年八月一日附福医第二七二九号)は蛇足として取消(消滅)されるものであるから本訴の進行の妨げとなるものではない。

二、監査を省略している違法について

この点については、控訴人(原告)において原判決摘示事実第二請求の原因「二の(二)の(1)」に述べているが、更に左の通り補充する。

(一) 旧法における保険医の取消処分に関する規定を検索すると、その第四三条の四の第三項に「保険医ニシテ前項ノ規定ニ依リ療養ヲ担当スル責務ヲ怠リタルトキハ都道府県知事之ガ指定ヲ取消スコトヲ得」と規定してあるので、この条文の文面からすれば知事は、その保険医が「責務ヲ怠ツタ」と認定したときには、そのまゝ何時でも、その指定を取消すことが出来ることになつていて、その規定では医療協議会にも附議せず、又監査も前提条件とはしていないと見えるのである。

(二) ところが、その次の第四三条の五に保険医の指定取消の「大綱」を定めるには、厚生大臣は、中央社会保険医療協議会に、諮問しなければならないと言う洵に重要なる規定が設けられている、即ちこの「大綱」と言うのは、取消処分に関する施行規定にも比すべきものであるので之を十分に吟味するの必要がある、そこでこの規定により中央社会保険医療協議会に諮問してできたのが社会保険医療担当者監査要綱(甲第九号証、以下監査要綱と略称する)であつて、これが昭和二八年八月一〇日保発第四七号を以つて厚生省保険局長から「社会保険医療担当者の監査について」と題し前記監査要綱(甲第九号証)をつけて各知事に通達されたのである。

それであるから、旧法第四三条の四第三項の保険医指定の取消処分をするには、結局、この監査要綱にきめているところに準拠することになつているのである、従つてこの監査要綱は、法律でも、規則でもなく、単に訓示的規準に過ぎないようではあるが、旧法第四三条の五の規定によつて、きまつた取消処分に関する「大綱」であるので、知事が取消処分をするには必ず厳に準拠しなければならない極めて重要な規準であり、中央社会保険医療協議会も、それを期待しているのである。

(三) そこで旧法第四三条の五の規定している取消処分に関する「大綱」である監査要綱を見ると、一、監査の目的、二、監査の方針、三、監査期間、四、被監査医担当者せん衡の標準、五、監査の方法として保険医に対しては監査が最も肝要にして欠くべからざる事項としていて、保険医の取消処分については「六、監査後の処置」の項に規定しているのである、本件については、これが最も重要であるので取消処分の部分だけを摘録すれば、

六、監査後の処置

(一) 行政上の措置

行政上の措置については指定取消(又は契約解除)の処分と戒告及び注意の措置との三種とし、事案の軽重に従い次の標準によつて行うこと

(1) 指定取消(又は契約解除)

都道府県知事は保険医又は保険者の指定する者が左の何れか一つに該当するときは当該都道府県社会医療協議会に諮問してその指定を取消し又は契約解除(又は一部解除を)行うこと、但し処分決定前当局に内議(医療)担当者監査書(写)及び関係資料(写)を添えること)すること、なお(ハ)(ニ)の何れか一つに該当するものについては一定期間経過後再指定を行うことが出来る。

なおこの場合は内議の際その旨附記すること

(イ) 故意に不正又は不当な診療を行つたもの

(ロ) 故意に不正又は不当な報酬請求を行つたもの

(ハ) 重大な過失により不正又は不当な診断をしばしば行つたもの

(ニ) 重大な過失により不正又は不当な請求をしばしば行つたもの

これによると、知事が保険医の指定取消処分をするには、そこの医療協議会に諮問しなければならないが、この但し書では、処分決定前当局に「内議」することになつている。そしてその内議には監査書と関係資料を添付することになつているので知事が指定取消に関し医療協議会に諮問するに際しては、当然、その前に監査があることを要件としていることがよくわかるのである。

(四) かように煎じつめて来ると、知事が保険医の指定を取消するについては、旧法第四三条の四の規定だけによれば「責務を怠つた」と認めれば、知事独自の専権で取消処分が出来るわけであるが、「監査要項六の一の1」によれば、必ず医療協議会に諮問しなければならないことになつているので、本件も亦福岡県社会保険医療協議会に附議していることは甲第三三号証の一乃至四に照応して明かである。

而して法律では別段監査を前提とする特別の規定は設けてはいないけれども旧法第四三条の五の規定に基いて制定された監査要綱によれば、前説示の通り監査書の添付を必要としているので、当然監査を前提としていることが自ら明にされているのである。

(五) 従つて若し監査の前置なくして、医療協議会に附議し、その協議会で取消処分を決定したとしたならば、その協議会は旧法第四三条の五の規定によつて制定された大綱とも言うべき監査要綱に違反したものであつて、まさしく違法の決定と言うべきである、少くとも取消処分の一般的基準である監査要綱に違反したものと言わねばならない。

(六) 本件において、被控訴人が全く監査をしないで医療協議会にかけ、然かも夫れ等の点については全然控訴人の弁明を求むるの措置をとつていないのみか、協議会への出頭をも求めず只一方的に審議を進め直ちに保険医指定の取消処分に附し居ることは、甲第三三号証の四、甲第一五号証等に徴し明認されるのみならず、被控訴人も亦自認しているのである。而して被控訴人はこの点について「第一七回協議会において原告主張のように監査を経ない事項を審議の対象となしたが、それはなし得ない旨の明文はなく、右答申には何等の瑕疵もない」と言つているがそれは法規を弁えざるの甚だしい暴論であつて、その然らざること前説示の通りである、果してそうだとすれば本件処分は爾余の点を判断するまでもなく、只この一点において取消さるべきものと思料する。

三、処分決定書の不備(違法)について

この点については、控訴人(原告)において昭和三四年七月二日附準備書面(第二回)中「一、手続上の違背についての(四)」において主張している(昭和三五年七月七日原審の口頭弁論においても陳述している)が、原審の判決摘示事実には之を遺脱されているから、当審において之を主張し、更に左の通り補充する。

(一) 本件指定取消は一種の懲戒的行政処分であるところ、かかる不利益な処分を行なうには、必ず法律にその根拠がなければならないことは、憲法第一一条及び第三一条の規定の趣旨に照し洵に明白である、公務員のように特別の権力関係にある者に対する「免職」でさえ国家公務員法第八二条に明白な規定が設けられている、本件の発生した昭和三〇年頃においては、保険医は当時施行されていた旧法第四三条の三(現行法第四三条の三に当る)第一項及び第二項の規定により、当該医師の同意の下に都道府県知事が指定することによりその資格を取得するものであつて、両者の間に何等の特別の権力関係に立つものではない、従つて保険医は同条第四項及び第五項によつて、保険医たることを「辞退」することも出来、又都道府県知事は同法第四三条の四第三項によつて「指定を取消す」(即ち保険たる資格をはく奪する)ことが出来ることになつていた。

(二) それで本件において被控訴人が、控訴人に対する保険医の指定を取り消す場合は、須らく万人の理解に値する懈怠の具体的事実を取消処分の通知書に記載しなくてはならない。しかるに被控訴人は旧法第四三条の四第三項の条文を引いているのみで「責務を怠りたるとき」に該当する何等の法的根拠を示さないで、只漫然として「本分に違反した行為があつた」と言つているのみである。而して被控訴人は、原判決摘示事実中「第三、被告の申立、答弁および主張」として挙示してあるように、本件発生後初めて斯く幾多の事実を挙げているが、そうしたことは処分事項としてはその片鱗だも現していないのであること、前説示の通りであつて甲第一五号証に徴し洵に明白である、然かも右答弁事実の大部分は、監査をなさないで違法の審議事項によるものであることは甲第三一号証の一乃至甲第三三号証の四に照応し一点の疑いを容れないところである。この点について被控訴人は、処分通知書に具体的に理由を記載していないことを認め、それは法律上右通知に理由を記載すべきことが要請されていないから違法ではないと言つているが、之又余りにも形式論に拘泥しその実体を見のがしおる暴論と言うべきである。

準備書面(第二回)

一、訴の利益の存在についての再補足

訴の利益の存在については、控訴人において昭和三六年六月三日附準備書面を以つて陳述(昭和三六年六月九日の口頭弁論において陳述)している通りであるが、更に左の通り補則(一部は敷衍)する。

(一) 行政処分による権利侵害の存続

控訴人は、本件行政処分によつて今尚之による権利侵害は解消されることなく継続されている、すなわち、控訴人は昭和三〇年八月一日被控訴人から保険医の取消処分を受けた為に、同日から旧法(新法に改正前の健康保険法を指す、以下同じ)による保険医の資格を失い新法(昭和三二年法律第四二号による健康保険法を指す、以下同じ)施行日である昭和三二年五月一日当時も尚保険医たるの無資格状態は続いていたのである。

ところが、新法施行日である昭和三二年五月一日において現に旧法第四三条の三第一項による保険医たる資格を具有する者は、新法第四三条の五第一項の規定による保険医の登録を受けたものとみなされ(新法附則第八条第一項)何等の手続きを要しないで、自動的に新法による登録したる保険医の資格を獲得しているのである。

しかるに、控訴人は新法施行日たる昭和三二年五月一日以前(昭和三〇年八月一日)旧法第四三条の四第三項の規定により保険医の指定を取消されていたのであるから、その取消の時に新法第四三条の一三の規定により、保険医の登録を取消されたるものとみなして、新法第四三条の五の規定を適用されることになる(同附則第八条第四項)から、右附則第八条第一項の経過規定からは完全に外され、同条項の特典を受け得る権利は侵害されているのである、然かもこの権利侵害は現実のものであつて、之が救済は当該行政処分の取消によつてのみ期待し得られるものである。

そこで、控訴人は保険医登録の取消処分を受けた昭和三〇年八月一日から起算し、満二年の経過を待ち、新法第四三条の五及同法附則第八条第四項の規定に従い、昭和三二年八月一日保険医の登録を受けたのであるが(乙第一六号証)こうした変則的なやりかた(他面権利侵害ともなる)は言う迄もなく本件行政処分を受け居ることが唯一の原因となつているのであつて、之又現実の問題として一に行政処分の当否によつてのみ消長を来すものである、就中右登録取消処分日たる昭和三〇年八月一日から右新法によつて登録した昭和三二年八月一日迄の満二ケ年間に亘る登録無資格者としての控訴人に対する権利侵害は、一に本件行政処分の取消によつてのみ救われることに想いを致せば、その間の消息は一段と明確化するものである。

(二) 保険医療機関指定拒否に対する権利侵害

昭和三二年五月一日において現に旧法第四三条の三第一項の規定による保険医が、同日において現に健康保険の診療に従事している病院若しくは診療所は、その者の行う診療に関しては昭和三二年一〇月三一日までは、新法第四三条の三第一項の規定による保険医療機関の指定を受けたものとみなされるのである(新法附則第八条第五項)。

それで、もしも本件の行政処分がなかつたとせば控訴人も他の保険医と等しく附則第八条第一項の規定に則り、みなし登録によつて自動的に新法による保険医の資格を獲得し進んで同条第五項の規定により保険医療機関も亦みなし指定の適用を受けていることは、蓋し公正なる法秩序の見地からして極めて当然である。然るにそうした権利獲得の均霑に浴し得なかつたことは、本件行政処分に因するものであるから、こうして侵害され居る控訴人の権利の回復は、一にその処分の取消を俟つ外、他に何等の術はないのである。

控訴人は、右説示の如く被控訴人の行政処分により新法の附則においては無資格者としての取扱いを受けたのであるから、昭和三二年七月頃新法第四三条の三第一項の規定に則り被控訴人に対し、保険医療機関の指定申請を為したところ、被控訴人は、本件訴訟進行中なる等の故を以つて、信頼関係を成立させる基礎がないと言うべきであるから指定拒否の公算が強いとの理由の下に新法第四三条の一五の規定に基き、昭和三二年一二月三日「三二保第三七九九号を」以つて申請人である控訴人に弁明の機会を与えて来た(甲第三五号証の二)。

そこで、控訴人は同年一二月中に「保険医療機関指定についての弁明」と題し(甲第三六号証の一)更に昭和三三年一月中に「保険医療機関の指定についの弁明に対する補足」と題する書面(甲第三六号証の二)を提出し、被控訴人が拒否の理由としようとされている事項は、明らかに憲法違反であり法令違反でもある旨を指摘して弁明に務めたのである。

しかるに、被控訴人は昭和三三年三月四日「三三保第六〇八号」を以つて、控訴人が為した右保険医療機関の指定申請を拒否した(甲第三七号証の二)而してその拒否の理由とするところは、「保険医療機関の指定は健康保険法第四三条ノ三第一項の規定に基いて病院又は診療所について其の開設者の申請により都道府県知事が行うものとされているが、ここにいわゆる指定というのは都道府県知事と当該医療機関との間における公法上の契約と解されるのであるが、その基盤は当該医療機関が保険医療機関として指定を受けた場合は、健康保険法及びこれに基く厚生大臣の定める規則に従い適正な診療取扱がなされ得るとする信頼関係に立つことが実体的に必要と考えられるものである。然るに、前記のものは当該医院の開設者及び管理者として同医院において診療に従事し、昭和二十三年八月保険医の指定(旧法)を受け、保険診療を取扱い、その間保険事故のため保険医の指定取消の処分を受けさらに当該行政処分を不腹として訴を提起し、現在係争中である右の事情に鑑み(過去の事故そのものではない)指定の基礎となる信頼関係を成立させる基盤がないというべきであり、公法上の契約を締結して保険診療を委託する相手方としては適当でない」と言うにあるが、之は要するに控訴人に対する保険医の指定取消乃至之に起因する訴訟が進行中であることに帰着し居るのであるから、もしも本件行政処分なかりせば、素よりこの拒否理由は存在しないことに想到せば究極するところ、右拒否も亦本件行政処分が唯一の原因を作為している、それで、この行政処分の当否を明かにしなくては控訴人に対する権利侵害も亦遂に闇の裡に葬られることとなるのである。

(三)結論

原判決はその理由において「云々、このように旧法下の保険医制度は新法によつて廃止され、現行法上旧保険医に相当する地位はないから、本件訴訟によつて保険医指定取消処分が取り消されても、原告が回復すべき地位は現行制度上存しない、云々」として控訴人が旧法による保険医としての地位を回復する利益を否定されているが、之は極めて偏狭なる解釈であつて、訴訟の目的を看過し、新旧健康保険法の解釈を過つている違法があつて、この場合妥当ではないと信ずる。殊に控訴人は以上説示のように本件行政処分によつて侵害され居る権利の回復竝にこの権利侵害に原因して現に侵されつゝある権利の救済を仰いでいるのである。すなわち、本訴において控訴人に対する保険医取消処分が取消されることになれば、控訴人は当然、取消された昭和三〇年八月一日以前の瑕瑾なき保険医の身分に回復し今日に及ぶものであつて、その間保険医たるの資格は、些少だも中断することなく継続したるものとなるので、新法附則第八条の規定によつて、新法における保険医の登録を受けたものとみなされ、更に又新法第四三条の三第一項の規定による保険医療機関の指定も亦受けたるものとみなされるものであるから、従来保険医療機関申請拒否の理由とされ居る、保険医取消乃至該取消処分によつて起され居る本件訴訟も終結されるのでそうした面も亦自然解決されることゝなるのである、それでもしもこの場合原審判決を肯定すると仮定せば、右説示の権利侵害は如何にして救われるか永遠に葬られることとなろう、それで違法な行政処分は飽迄も判然取消されなければ控訴人の権利は侵害され了えることになるから、この点において訴の利益は十分に認めらるべきものである。

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